私たちの身体はいつも目に見えない何かに取り巻かれている。 これをくゆりという。 くゆりは目に見えたとしても薄らぼんやりとしていて、触れたとしてもその手触りは、霞のように淡淡としている。 くゆりは伸びも縮みもし、糸のようにあちらとこちらをむすぶ。 あなたが生まれて今日まで見聞きし手で触れたあらゆる全てと、あなたはくゆりの糸で繋がっている。 くゆりの糸はあなたを真中に、あなたの宇宙を編みあげる。 糸の太さは定まらず、ふとく確かなこともあれば、か細くたゆたうこともある。 くゆりは、けものの棲家である。 くゆりの糸の絡まった、ちょっとした結び目にぶら下がるようにして、けものはいつもあなたといる。 けものはあなたの編み上げた宇宙の上を行き来する。 あなたから伸びるくゆりの糸の先が結ばれている限り、けものはどこにでも行くことができる。 くゆりはせぢを、思いを運ぶ。 ふとした拍子にやってくる、虫の知らせの正体はこれ。 糸がよりあい確かなものになればなるほど、せぢと思いは届きやすくなる。 どんなに離れていたとしても、くゆりの糸で繋がりさえすれば、聖地のせぢはあなたがどこに居ても降り、大切な人の穏やかな寝顔は、いつもあなたの隣にある。 くゆりの糸をかたくむすびたいとのぞむなら、むすぶ先を見つめ手で触れ耳で聞き、強く確かに感じること。 もしも目に見えず手に触れられないものとの糸を、確かにしたいと望むなら、それに仮の姿を与えよう。 ほんの小さな小石、折紙、歌にあやとりが、きっとその助けとなる。 くゆりは思いを、せぢを運ぶ。 毎日思えば思うほど、くゆりの糸は太くなる。 もし好ましくない糸を結んでしまっているなら、あなたはいつでもこの糸をほどくことができる。 むすぶもほどくも、思うまま。
なぜならあなたは、むすびとほどき、火と水のしぐさを知っているはずだから。
しぐさとは、くゆりとの戯れに他ならない。